◆5月の一目
司法岡目八目/鈴木英夫の日記
●死をも偽装されて 矢口洪一の生涯は終わった
●町田顯の犯罪-その7 犯人蔵匿をやってのける
2006年7月26日、全国紙の朝刊は、一面で元最高裁長官・
矢口洪一が死去したことを報じました。死因は咽頭ガン。記
事は、7月27日18時から千日谷会堂で通夜、28日13時から
千日谷会堂で告別式、29日13時から青山葬儀所でお別れ
の会が施行されると告知していました。
わたくしは、この記事から、矢口洪一の死に、ふたつの点
で疑惑が湧いてきたのです。
この死亡・告知記事があまりに手回しがいいことと、告別
式の翌日に、お別れの会が行われるということです。後日、
知って疑惑はますます深まったのですが、死亡時刻は25日
の16時30分頃だそうです。26日の朝刊の原稿締め切りが
何時かは分りませんが、常識的に考えて、夕方4時半に死
亡し、すぐに、通夜、告別式、お別れの会の三つの会場を
おさえ、さらに、矢口洪一の「経歴」や、存命中の「功績」を
まとめて新聞各紙に配布する、そんなことが7月25日の16時
30分から取り組んで、朝刊締め切りまでに間に合うのだろう
か?
すべて死はサドンデスなのです。病臥しているひとが死亡
する場合でも、死は突然にやって来ます。どんなに重篤な病
人だからといって、息を引き取る前から、通夜や告別式の手
配をすることは考えられません。
ところが、矢口洪一の場合は、死亡を待ち構えていたかの
とうに、超スピードで会場が手配されたのです。
告別式とお別れの会が連日で行われるなんて、絶対にあり
得ないことです。告別式が行われてから、かなり日がたって、
故人を偲ぶ会が行われることはあります。しかし、それが告
別式の翌日に行われることはあり得ないのです。
矢口の死亡記事が虚偽であることは、告別式やお別れの
会のをフォローする記事がまったく掲載されなかったこと、矢
口の功績を評価する「追悼記事」もまったく掲載されなかった
ことをあわせると、「矢口洪一の死」が最高裁の作意による
偽装であるという疑惑が出てくるのです。
矢口の死が偽装であることを立証する決定的な証拠が出
現しました。
山陽新聞WENEWSがそれです。このWEBページに、矢口洪
一の告別式とお別れの会の模様を写真入りで伝える記事が
出たのです。もちろん、でっちあげの捏造記事です。
掲載されたのが、06年7月28日の告別式、29日のお別れの
会とも06年9月15日のページだったのです。記事を送った人
物は7月28日と29日と書けば、それが事実だろうと錯覚した
ようですが、WEBページのフレームは9月15日を指し示してい
ます。パソコンの時刻表示の原理も知らないバカが記事を作
成して投稿したようですね。最高裁事務総局のオツムはこの
程度の幼稚な水準なのです。
06年9月15日といえば、町田顯が定年退官する1ヵ月前で
す。矢口洪一の死の真実は闇の中ですが、町田顯が長官で
あった最後の時期に、矢口洪一の死亡について、偽装が行
われたという証拠は残されました。最高裁が矢口洪一という
司法スキャンダルの主犯を蔵匿(刑法第103条)したことは明
らかです。
わたくしが最高裁長官なら、矢口洪一の死をひたすら秘匿
するでしょう。ただ、沈黙を続けるのです。これを続けるには
それなりの胆力が必要です。臆病者集団である最高裁には
その胆力がありません。犯罪者心理として「説明したくなる」
のです。守秘するという苦しみから逃れたいのですね。
裁判員法が成立した時、矢口洪一が存在する意味もなく
なりました。使い捨てられる運命の時が巡ってきたのです。
傲慢で、尊大で、威張り散らす86裁の老人は誰からも嫌わ
れていたでしょう。矢口は面従腹背の連中に取り囲まれてい
たのです。社会的に高い地位にいた人物は、死が近づくと、
戦線を縮小し、自ら枯れるものです。矢口は、1996年の毎
日新聞インタビューで自分の司法改革マニフェストを発表し
た後に、リタイアすべきだったのでしょうね。しかし、矢口洪
一は逆に、司法改革の表舞台に立ち続けたのです。しかし
裁判員法が成立しても、裁判員制度は国民からケッチョン
を喰らいました。裁判官たちも追随して来ません。
矢口洪一は自然死なのか、不審死なのか、わたくしはい
まも判然としません。しかし、町田顯が矢口の死に偽装を
行ったことは事実ですから、矢口がほんとうは自然死だっ
たとしても、町田顯によって不審死にされてしまった、これ
は事実です。
●最高裁放漫運営 “さかのぼり契約”
●町田顯の犯罪-その6 今度はサクラ動員
月刊誌『現代』の07年4月号に掲載された魚住昭のスクー
プ記事「最高裁判所が手を染めた27億円の癒着」の冒頭部
分を引用します。
「始まりは1月29日深夜、東京新聞社会部の記者からかか
ってきたコメント依頼の電話だった。『先ほど最高裁判所が
緊急発表したのですが、『産経新聞大阪本社と千葉日報社
の2社が最高裁と共催した裁判員制度のタウンミーティング
でサクラを動員していた』という内容です。』」
わたくしが注目したのは、このスクープは、あるメディアの
ものではなくて、最高裁の大本営発表であるという点です。
なぜ、最高裁は裁判員制度導入にマイナスとなる醜聞を
自分から発表したのだろうか? この疑問は、最高裁をウ
オッチしてきて、最高裁のマスコミ支配力を行使すれば、こ
の程度の醜聞は隠蔽し通すことが可能である、というわた
くしの最高裁に対する認識が前提としてあるからです。山
口繁の学歴詐称犯罪を5年間も押さえ込んで来た最高裁
の力であれば、サクラ動員の隠蔽など朝飯前のことです。
さすがに魚住は、「電話口で話しながら、私は<この問題
には見えないカラクリが潜んでいるのではないか>と直感
し」そのカラクリを暴いていくのですが、それは後日にしま
しょう。ひとつだけ指摘しておかなければならないのは、社
民党の保坂展人議員の追及です。07年2月14日の衆議院
予算委員会で質問し、最高裁事務総局の経理局長・小池
裕が「(タウンミーティング開催のために電通と結んだ)契
約書の日付より後に契約書面をつくった可能性が高い。こ
れも私、その当時はまだ前任者がやっておりましてのであ
れですけれども」と答弁している。違法な「さかのぼり契約」
をしたことを事実上認めたのです。
デタラメなタウンミーティングを発注した時期とこれを自ら
公表した07年1月の時期とは、明らかに最高裁に変化が起
こった、と推測していいでしょう。
では、06年から07年にかけて最高裁起こった変化とは何
でしょうか。最高裁長官が町田顯から島田仁郎に代わった
ことです。政治の世界なら、政権交代として大きな話題にな
りますが、密室の司法の、そのまた密室の最高裁の政権交
代はまったく話題になりません。
あえて荒っぽく図式化すると、町田顯は矢口洪一のペット
として裁判員制度導入派であり、全国の裁判官を支持基盤
とする(そうしたい、それしかない)島田仁郎は裁判員制度
導入消極派である、という二項対立として捉えると分りやす
いでしょう。(バカ・ブッシュみたいで嫌ですけどね)
町田顯は山口繁の後継者として、矢口“命”なわけです。
島田仁郎は矢口洪一との絆はないでしょう。“裁判をする
裁判官”としていわば裁判官の王道を歩いてきました。
「サクラ動員スキャンダル」のタネを播いたのは町田最高
裁です。最高裁の裁判官はみな、下級裁判所の裁判官が
全員裁判員制度に反対で、賛成しているのは根性の汚い
出世主義者や矢口一派の尻馬に乗る蛆虫裁判官だけで
あることは、百も承知しているのです。
長官の交代と軌を一にするのが、総理大臣が錯乱王子
安倍晋三から昼行灯老人・福田康夫に交代したことです。
本来は、汚物を垂れ流した町田顯と小泉純一郎が始末
しなければならないのですが、悪事にだけは知恵の働く小
泉と町田は、汚物処理を安倍、島田に丸投げしたのです。
愚か者の安倍晋三は汚物処理という自分に課せられた
使命は放り出して、憲法改悪の独自路線を歩こうと試み
たのですが、米国も、中国も、韓国も、金正日も、バカポ
ッチャマなんか相手にしません。そこから、錯乱の外部
化が始まったのです。
町田顯の後任になった島田仁郎は、町田時代の最高
裁運営のデタラメ振りにびっくりしたでしょう。特に、裁判
員制度のための予算は最高裁の才覚では、有効に使う
ことができません。バカの一つ覚えのように「裁判員が
参加した模擬裁判」と、誰も見る気もしないようなお粗末
なPR映画を製作するのが関の山です。
立派な制度を導入するのだ、という使命感がなく、コソ
コソと悪事を働く意識ですから、いいアイデアなど浮かび
ません。電通など広告代理店が関与すればするほど、
わかものに迎合しようとする助平根性丸出しのキャッチ
コピーでお茶を濁すことになります。
国民にとっては、徴兵制に準ずる「重大な義務」が新
しく課せられるのです。
町田顯の「感想は守秘義務違反にならない」という不
真面目な、チャランポランな発言が、ますます裁判員制
度をイカサマなものに仕立てているのです。
島田仁郎は、町田顯の垂れ流した汚物が自分の領
域に拡大しないように、サクラ動員を自らの手で公表し
たのでしょう。町田顯は最高裁の犯罪の収拾に、まっ
たく何事も手を打てませんでした。手を打つといっても
山口繁事件をう公表することしかやることはないので
す。島田仁郎はどうするでしょうか?
●裁判員の守秘義務
●町田顯の犯罪-その5 正体を暴露した
2005年5月、時の最高裁長官・町田顯はある講演会で、
話題となっている裁判員の守秘義務への刑事罰に関して
「裁判員が自分が参加した裁判について、感想を述べる
ことは守秘義務違反にはならない」と発言しました。政治
の世界ならこの程度の発言は、「失言」や「放言」で済まさ
れてしまいますが、司法の世界はそうはいきません。最高
裁長官の発言ですから、町田顯というどんなに「軽量級の
長官」の発言でも、最上級の「判例」に相当する基準とさ
れるのです。この発言によって、裁判員制度は自壊してし
まった、と断言しても過言ではありません。
ここまでは「感想」で、ここから先は「守秘義務違反」とい
う境界線を、誰が引けるでしょうか。
もう現実のものにはなりませんが、裁判員制度が施行さ
れ、守秘義務違反の問題が浮上したとき、町田顯のいう
感想と守秘義務の境界線を引いて、違反者を刑事訴追す
るのは検察になります。現在のブタ検察にそんな能力が
ないことは明らかですが、たとえ、まともな検察になったと
しても、感想と守秘義務の境界線を引くことは不可能でし
ょう。
感想を求めるのはメディアです。
メディアにとっては、商品としての「裁判員の感想」には
大きな価値があります。裁判員の感想に対しては、市場
の需要があり、従って価値があるのです。町田顯の発言
はこの市場の論理に、「やりたい放題にやってかまわな
い」とけしかけたようなものです。
検察が、守秘義務違反で「守秘義務内容を述べた裁判
員」とそれを報じたメディアを刑事訴追しようとすると、町
田顯の感想発言がブロックすることになります。裁判に参
加した裁判員たちは、面白ろ、可笑しく「感想」を誰に遠
慮することもなく声高に、喋りまくることになるでしょう。
バカで思慮の足りない町田顯は、どにかく国民に裁判
員制度を飲ませてしまえ、とばかりに場当たりの発言を
してしまったのです。矢口洪一もこの時期に、毎日新聞の
インタビューで「刑事罰は不要」と調子のいい発言をして
います。
裁判員制度導入派は、裁判をファッションだと感違いし
ているようです。かれらの、不真面目で軽佻浮薄の言動
が裁判員制度導入を失敗させたのです。まさに自業自得
です。
●才口千晴が就任を拒否…錯乱する町田顯
●町田顯の犯罪-その4 参議院定数訴訟で大法廷
でっちあげ 前代未聞の暴挙
2004年1月15日、全国紙はいっせいに一面トップに「参院定数
訴訟で最高裁が9対6で合憲判決」を行った、と報じました。記
事のニュアンスは、合憲派のかなりの最高裁判事が、このまま
なら合憲論から違憲論に移行するだろう、と警鐘を鳴らしてい
ました。(この記事は図書館で全国紙各紙の縮刷版で見ること
ができます)
大法廷ですから、裁判長裁判官は長官の町田顯です。問題
はこの大法廷に出廷した最高裁判事のなかに、深澤武久がい
ることです。深澤は1934年1月5日生まれですから、2004年1月
4日には70歳の誕生日を迎え、定年退官しなければなりません。
大法廷は1月14日に開かれました。退官日から10日も経過して
いるのですから、当然、深澤は最高裁判事ではないはずです。
ところが、大法廷に出廷した15名の最高裁裁判官のなかに深
澤がいたのです。退官したはずの深澤がなぜいたのか?
2003年12月下旬、新聞は「来年(04年)1月4日に定年退官す
る深澤武久最高裁判事の後任に同じ弁護士出身の才口千晴
氏を内定し、近く閣議決定する」と報じました。
わたくしは即刻、才口千晴の法律事務所を調べ、山口繁学
歴詐称事件を伝え、最高裁判事を受けるべきではない、とい
う忠告の書状を送りました。
年が明けて、最高裁のオフィシャルサイトにアクセスしてみま
したが、才口千晴が最高裁判事に就任したという情報はアッ
プされていませんでした。わたくしは才口が就任を拒否したの
だろう、と「戦果」にほくそ笑んでいました。そこに、大法廷の
記事です。才口千晴の名前はまったく登場せず、代わりに退
官したはずの深澤の名前がリストに載っていました。
審理に参加した裁判官が、判決言い渡しのときに「不在」で
あるため言い渡し判決の法廷に「代わりに」出廷することはよ
くあることです。この場合、その裁判官が出廷できない理由が
必ず明らかにされます。
この大法廷の場合、才口千晴が出廷し、深澤武久は実質
的に審理に参加した裁判官として、才口千晴に代わって、意
見を書面で提出するのが正常であり、才口は着任して10日し
か経過していないし、この訴訟の審理にも参加していません
から、深澤が意見を述べる、ことになり、このことは必ず注釈
を付けて報じられのが通常です。
しかし、この記事には才口千晴の名はまったく出てこずに、
記事に従えば、深澤武久が1月14日時点でも最高裁判事で
ある、ということになります。
最高裁判事でない深澤が出た大法廷は、幽霊が参加した
法廷ですから「でっちあげ」というほかはありませんね。(わ
たくしは、深澤は退官してもう最高裁判事ではない、という
文書に全国紙の編集長に送りましたが黙殺されました)
なぜ町田顯はこんな幼稚な「愚挙」を行ったのでしょうか。
才口が一度は最高裁判事を受けない、と拒絶したのは事
実だと思います。受けていれば、大法廷は才口を新任の
最高裁判事として処遇し、「でっちあげ」の必要はありませ
ん。町田顯はノミの心臓のウツケ者です。才口に就任を
拒絶され「錯乱」した、とわたくしは推測しています。
町田顯は、最高裁判事の椅子が空白になるのではない
か、という強迫観念に襲われたでしょう。最高裁の犯罪が
暴露される、何としてでも延命を図らねばならない。安倍
晋三も錯乱辞任しましたが、錯乱するような小心な人物に
限って、奇想天外の愚行を働くものです。町田顯は保身
の手段として、大法廷のでっちあげを実行したのでしょう。
議会定数訴訟は、憲法違反だから選挙は無効、やり直
せ、という判決を下さない限り、日本の国会は真面目に
定数格差のことなんか考えません。
町田顯が議院定数訴訟で大法廷をでっちあげたのは
それなりの根拠があります。しかし、才口千晴を外して
深澤武久を加えたのは、短期的には実害はないものの
長い歴史の目で見れば、司法の権威をこれほど汚す暴
挙はありませんね。町田顯の意識は「矢口洪一のポチ」
であって「司法のトップ」の意識は微塵もありません。
2月になって、才口は就任を受け入れて最高裁判事と
なり、犯罪者に堕ちました。空白の一カ月があったこと
は町田顯の意図とは逆に、はっきりと証明されてしまい
ました。自分たちの犯罪を重くしただけの愚行であり、
最高裁大法廷を捏造するという愚行を歴史に残すこと
になりました。この判決は、国会に対して毛ほどの影響
も与えることはありませんでした。法治国の国民として
は喜んでばかりはいられませんが。
最高裁長官が偽造され、最高裁大法廷が偽造され、
裁判員という違憲制度が偽造され……という偽造天国
という“トテツモナク美しい国”に生きていることに、ココ
ロから感謝しなければならないでしょうね。
●青法協を脱退し 矢口ファミリーの一員になる
節操のない付和雷同型が 矢口に利用される
●“最低・最悪の無能長官” 町田 顯
小泉はこのバカのために身を滅ぼすことになった
●町田顯の犯罪-その3 八千万円恐喝事件の不作為
家裁八王子事件で孤児が詐取された金額はマンション売却
代金の850万円でしたが、この主犯のひとりである孤児の父
親の愛人は、2000年から01年に行われたマンション売却代
金詐取事件の前に、1996年から98年にかけて、8000万円を
恐喝によって奪う、という事件を起こしていました。
孤児は母親から3000万円の蓄えがあることを聞かされて
いました。夫婦共働きでコツコツと貯めた定期預金です。わ
たくしはこれを預金していた銀行に「取引明細」を示すように
要求しました。提出された明細を調べると、孤児の母親が死
んだ96年から98年の2年間に、8000万円が引き出されてい
ました。確かに母親の言った通り、定期預金は3200万円あ
りました。しかし、これを含めて、2年間に50回、約8000万円
が引き出されていたのです。この差額はマジックではありま
せんでした。母親の死亡保険金、父親や孤児本人の生命
保険の解約、父親の新たな入金などを合わせると8000万円
になったのです。
孤児もわたくしも、初めのうちは父親の愛人の単独犯行だ
と思い込んでいました。しかし、8000万円を50回で引き出す
と1回の額は160万円になります。わたくしはこれは「男の手
口」ではないかと秘かに考えていました。
事実は意外なtころから明らかになりました。矢口洪一の
虚偽告訴によってわたくしが逮捕監禁された事件に関連し
て提出された父の愛人の戸籍謄本から「男」の存在が明ら
かになったのです。男は1996年2月に愛人の戸籍に入籍し
ていました。96年6月に父親名義の口座が開設され、定期
預金の解約は母親の死亡する直前の96年9月から始まっ
ていました。典型的な詐欺・恐喝の代表である「美人局」
(つつもたせ)が行われたのです。
今度は、東京地検八王子支部の検事は高橋誠でした。
高橋は、2年間に50回、約8000万円の現金引き出しに対し
て「事件性はないから公訴しない」と検察の不作為を通告
してきました。こういう、現金引き出しは市民として通常あ
ること、とでかい声でがなり立てます。検事や刑事は頭の
空っぽな分、大声で埋め合わせる生き物ですね。この検
事の給料の99%は、大声の代金だと思いました。
さらに、このブタ検事(ほんとうにメタボなんです)は、わ
たくしの告発している現金引き出しの最初の何回かの日
時が、時効になっているので、鈴木さんに取り下げてもらい
たいのです、と抜かしました。
この高橋の言に従うと、新潟で起こった九年間以上に及
ぶ少女監禁事件は、その初期の期間の部分は時効とな
って刑は軽くしなければなりませんね。こういうバカな話は
一般市民は笑いながら冗談として話すことはありますが、
司法のひとは、これをホンマジで話すのですから、恐ろしく
なります。
結局、この事件も、町田顯→検事総長・原田明夫のルー
トを経由して、高橋は不作為を続けています。
小心翼翼の町田顯は、こうして最高裁の犯罪の規模を
大きくし、道連れになる共犯者を増大させたのです。
●東大法学部学生のカス
●町田顯の犯罪-その2 プロフィール
ちょっと横路に入って町田顯のプロフィールを見ましょう。
町田顯は1936年10月16日、山口県生まれ。1959年、東京大
学法学部を卒業。同年に司法試験合格。1961年、判事補に任
官。1973年、最高裁事務総局経理局主計課長、1986年、最高
裁事務総局経理局長、1998年、福岡高裁長官、1999年、東京
高裁長官、2000年、最高裁判事、2002年、最高裁長官、2006
年10月、定年退官。
町田顯は60年安保闘争世代です。ブッチャケた話、60年安
保世代で裁判官になったのは人間としてはカスです。同級生か
らは軽蔑されていたでしょう。それでも、時代の熱気に押されて
町田顯は青年法律協会に入会して、裁判官部会の一員となっ
たようです。ところが、1970年になると、自民党などから司法に
対する誹謗中傷攻撃が強まり、最高裁は裁判官の青法協から
の脱退、青法協会員の裁判官任官拒否など反動攻撃を行い
ました。これを実行したのが最高裁長官・石田和外であり、そ
の懐刀として暗躍していた人事局長・矢口洪一です。
もともと、確固たる信念などない町田顯は、反動の風が吹き
出すと、ホイホイと青法協を脱退しました。
人蕩らしの名人・矢口洪一はこの変節漢を将来使いものに
なると睨み、1973年に最高裁事務総局主計課長にリクルート
しました。1986年、山口繁が総務局長となりましたが、このとき
山口繁の身上は1932年生まれ、京大法卒です、ところが、事
務総局経理局長に1931年生まれ、京大法卒の川嵜義徳とい
う先任者がいました。長幼の序列に拘る最高裁としては、川
嵜と山口の「ネジレ現象」を正さなければなりません。そこで
長官の矢口は、川嵜を「事務次長」にして総務局長の上に位
置付け、空いた経理局長に町田顯を当て嵌めたのです。
町田顯が経理局長に就任したのが1986年であり、この年
は山口繁の学歴詐称が開始されたときと見れば、すべては
矢口の作意であることを立証していることが分ります。矢口
は最高裁事務総局を私物化していたのですね。
町田顯の経歴は、青法協会員としてスタートしながら、そこ
から脱落し、矢口のペットとして忠勤にはげみ、最高裁の犯
罪に加担するというなんとも哀れなものです。
こういう人間としてはカスが最高裁を構成しているのです。
●堤防を決壊させた蟻の一穴
●町田顯の犯罪-その1 家裁八王子事件の不作為
矢口洪一も山口繁も、町田顯がこれほど無能な人間だった
とは予想もできなかったでしょう。東京大学法学部を卒業し、
浪人もせずに司法試験に合格して裁判官になったのですから
立派とはいわないまでも、そこそこの能力をもった人物だろう
と期待してもいいでしょう。しかし、町田顯はまったくどうしようも
なく無能な人間でした。最高裁犯罪を大きくした責任の大半は
町田顯にある、といっても過言ではありません。今日から数回
にわたって、具体的にその無能ぶりを見ていきます。
(1)家裁八王子事件と山口繁事件を分離できなかった
フランスの哲学者ルネ・デカルトの言葉に「困難を分割せよ」
というのがあります。「われ思う、ゆえにわれあり」よりもこの方
がずっと実用的ですね。神ではない人間は、難問に出会ったら
まず、難問を出来る限り分割し、小さくした難問をひとつひとつ
解決するしかない、ということでしょう。
この事件を分割するチャンスはいくらでもありました。
事件の発端は、わたくしが引き取った孤児が、両親の遺産を
詐取される、という小さな民事事件からでした。その額も当初
はたったの850万円にすぎません。
事件を追及していくと、孤児の父親の愛人を、東京家裁八王
子支部の調査官が「未成年後見人」にでっちあげて、その地位
を悪用して詐取したことが判明しました。
まず、東京家裁八王子支部長判事・平谷正弘に調査官の処
分を求めました。しかし、支部長は不作為を通し、逆に八王子
支部が組織ぐるみで調査官を庇ったのです。ここまでは、わが
国の官僚組織によくある汚職です。
2001年11月24日、わたくしは当時の最高裁長官・山口繁に家
裁八王子の事件関与者を処分してくれ、と要請状を送りました。
山口繁がこの要請に応えて、850万円の詐欺事件を民事の和
解で解決するように、八王子支部を指導していれば山口繁事件
などは起こらなかったのです。山口繁が愚かであったbかりか、
最高裁事務総局にも和解で鎮火させよう、という知恵が浮かば
なかったのです。偏差値秀才がいかに実人生ではバカであるか
をよく示しています。
後に判明したことは、わたくしが山口繁に要請状を送った2001
年11月までに、すでに最高裁は組織として山口繁事件を犯して
しまっていたのですね。わたくしの方は850万円の小さな事件だ
から最高裁が動いてくれれば、すぐに解決すると期待していた
のですが、山口繁事件という「最大級の国事犯罪」を犯してしま
ったいた最高裁は、家裁八王子事件を突き付けられて、全身が
すくんでしまったのですね。
このとき、「正常な」人間なら、「裁判官を処分するので、年度
末になるのでそれまで待ってほしい」と応答できたはずです。こ
ちらは、解決する見通しさえ具体的に示されれば民事ですから
「待つ」ことは可能です。それが、まったく沈黙だったのです。
2002年11月5日、山口繁が定年退官し町田顯が長官に就任
しました。これも後から分ったことですが、山口繁は03年3月の
年度替わりの時期に八王子支部の処分を織り込もう、と考え
これを町田顯に申し送りしたと推測できます。このことは、東京
地検八王子支部の動きからも立証できます。
さらに有利なネタができました。山口繁の経歴を調べるうち
に、山口繁は「京大法」卒だとばかり信じていたところ、日大専
高師卒がほんものの学歴なのに「京大法」を詐称しているの
ではないか、という疑惑を突き止めたのです。当初、わたくし
は詐称疑惑は孤児の詐欺事件を解決させるための有利な材
料という認識にとどまっていたのです。
地検八王子支部は内田耕平検事が担当でした。02年12月に
最初の呼び出しがあり、孤児とわたくしが出頭すると、内田検
事は膨大な調書を作成していました。
2003年3月25日、出頭した孤児とわたくしに対し、内田検事は
「民間人は起訴します。家庭裁判所関係者は難しいので不起
訴にします。弁護士は立派な倫理綱領をもっている職業なの
で起訴しません。」 と明言しました。あまりにアッケラカンとした
汚職の発言にわたくしたちは唖然としました。30分くらい怒鳴
りあげましたが、馬耳東風、蛙に小便でダンマリを極めこむ
ばかりです。「必ず復讐するから覚えていろ」と捨て科白を投
げつけて地検八王子支部を後にしました。
内田検事の言葉は、国家権力が孤児に対して牙を剥き出
したこと、それに、わたくしに確信を与えたのが「民間人は起
訴する」すなわちこの事件は「クロ」であることを認めたことで
す。最高裁は八王子支部事件と山口繁事件を、自分自身で
堅く縛り、自縄自縛にしてしまったのです。
デカルトの原理に従えば、町田顯は家裁八王子支部に対
して大至急孤児の詐欺事件を解決しなさい、できれば和解
で、と指示して、わたくしたちに有無をいわせず孤児が納得
できる金額を渡して決着させるのが正解だったのです。孤
児の事件が解決すれば、わたくしは山口繁の学歴詐称事
件を忘れてしまったでしょう。目に見える実害もない奇想天
外ではあるが、まったく頭脳の世界の出来事であり、孤児
にとっては最高裁長官の学歴詐称と自分の事件がどういう
関係があるのか理解できないことです。
最高裁の誤りは家裁八王子事件を解決しなかったこと
に尽きます。文字通り家裁八王子事件は「蟻の一穴」が堤
防決壊させた典型です。
ひとの能力は危機が来襲したときに試されます。日常の
ルーティンワークを無難にこなすことでは、ほんとうの能力
は発揮されません。
家裁八王子事件と山口繁事件を切り離し、家裁八王子
事件を解決するには、裁判所の犯罪ですから最高裁も
「返り血」を浴びる危険性があります。しかし、山口繁事件
という国家規模の犯罪を隠蔽するためには、家裁八王子
事件で浴びる返り血などは微々たるものです。
大事のために小事を犠牲にする、これができなければ
組織の指揮官にはなれないのです。町田顯は山口繁事
件も家裁八王子事件も隠蔽するために、検事総長の原
田明夫に泣き付きました。矢口洪一も隠蔽を指示したで
しょう。検察はロッキード事件で最高裁に「借り」がありま
す。こうして、司法全体が「無理心中」につき進むのです。
司法だけではありません、犯罪者の最高裁を切れない
政府も、道連れになるのです。
●“民主主義のコスト”であるべき政党交付金が
“首相専制”のための資金になってしまった
結局、小泉純一郎は矢口洪一と同じ誤りを繰り返し
てしまった、ということがいえるでしょう。同じ誤りとは、
与えられていない権限を行使してしまい、矢口は最高
裁や下級裁判所、法務省や検察庁、日弁連や京都大
学などを共犯に引き込み、小泉は内閣を最高裁の犯
罪の共犯者にしてしまったことです。
最高裁長官には何の権限もありません。他の14名
の最高裁判事にはない権限といえば、唯一、最高裁
裁判官会議を主宰することだけです。あとは、儀礼的
に最高裁を代表して、冠婚葬祭のお付き合いをする
だけです。矢口洪一が、陪審・参審制の研究を最高
裁事務総局に指示したことも、三人の東京地裁裁判
官を陪審・参審制の調査研究のために、米国・英国
に派遣したのも不法行為です。裁判官は、誰からも
指示されたり、教唆されたりはしないのが当たり前な
のです。それが「裁判官の独立」なのです。この原則
が崩れだしたのはロッキード事件からです。このこと
については別途述べます。
内閣総理大臣は行政権のトップとして絶大な権力
を保持しているように見えますが、その権限は「内閣
という組織」に与えられたもので、総理大臣単独に与
えられたものではありません。
内閣法第四条は「内閣がその職権を行うのは、閣
議によるものとする。」と定め、「②閣議は内閣総理
大臣がこれを主宰する。」とあります。総理大臣が単
独で行使できる権限は何一つないのです。ここが、
議院内閣制の首相と大統領制の根本的な違いです。
最高裁裁判官の国民審査の告示、最高裁判事・
長官の任命、これは閣議決定事項です。
実質は首相の判断が全能で、閣議は「お飾り」のよ
うなものです。世の中平穏無事のときは、閣議が形
式的で場合によっては持ち回りで行われても不都合
ではないでしょう。問題は「危機のとき」です。最高裁
の犯罪に加担するか、最高裁を告発するかが問われ
るような閣議は「お飾り」では済まなくなります。
ここで、虚像が働きます。矢口洪一の場合は司法全
体が密室となっていて、矢口自身が密室を支配する
帝王ですから、矢口を掣肘するものはありません。矢
口は独裁者になるのです。
小泉も、閣議と自民党総務会というチェック組織を
無視し、支持率70~80%という熱狂の中で、最高裁
犯罪への加担、というハイリスクを冒します。
竹中が『首相支配』で主張している「首相が保持す
る権力が強まった」というのはまったくデタラメで、政
治評論を芸能評論の方法論で行っているようなもの
です。首相と自民党総務会の「力関係」はそのときそ
のときの株価のようなもので、タテマエや形式化され
たルールではありません。この関係は国民との関係
ではなく、あくまで「自民党のお家の事情」なのであり
竹中のように「首相の権力が強まった」というには、
首相が閣議をバイパスして、首相単独で決定できる
形式を作らなければなりません。
それは、議院内閣制から大統領制へ移行すること
になります。この移行に際しての中間的な政治体制
として「首相公選制」がありますが、あの人一倍権力
志向が強かった中曽根康弘も自身が首相のときには
正式に首相公選論を提起しませんでした。
首相公選論は必ず天皇制論に拡大します。見かけ
によらず本質は小心な中曽根や小泉は、そこまでは
踏み切れないのです。
現実は、首相は「権限行使のときは大統領のように
振る舞い」、責任を取らねばならなくなると「担当大臣
に責任を移譲する」という狡猾な政治手法が常態化す
るのです。少年法の精神からすれば、小泉をはじめ極
く少数の閣僚を除いて、その他の閣僚は「無罪」といえ
るでしょうが、国の政治は少年法精神ではしめしがつ
きません。必罰しかないのです。
政治とカネの問題を考えると、政党交付金は「改革の
側面」はあるでしょうが、この法を使う政党そのものが
政党助成法の主旨に価しない「悪党集団」となってしま
ったのは、政党交付金が、あたかも「総理・総裁の権限
が強化されたのだという幻想」を与えてしまったから、と
いっていいでしょう。
●まぼろしとなった“二○○一年体制”
-小泉政治は政党交付金が支えた
『首相支配』(中公新書 2006年5月刊)という本があります。
著者は竹中治堅という政策研究大学院大学の准教授です。
この著作のポイントは「終章 権力の一元化と二○○一年体
制の成立」にあります。2001年といえば、小泉政治が開始さ
れた年です。著者はこの小泉政治の最初期に成立した政
治を「2001年体制」と定義付けました。
学者には「自説を普遍化しようというヘキ」があると思うの
ですが、2006年に刊行した著作に、2001年にエピソード的
に「出現したバブル現象」に対して、「五五年体制」と同格の
定義を与えるのは如何なものでしょう。
確かに、小泉政治がスタートした当初、国民の間には「変
わるな」「新しい時代がくなるな」という気分が溢れていまし
た。しかし、この期待感は、田中角栄、細川護煕が登場し
た時と同じようなものでした。問題は「人気」をどうのように
組織し、持続させ、自分流の体制を作るかにかかっていま
す。角栄は、史上最強ともいうべき「議員集団」を中核にし
て田中派を作りあげました。細川人気は「芸能人のような
虚像の人気」にとどまり、国民福祉税の「殿、ご乱心」をも
って自ら幕を引きました。
著者は、1994年の政治改革の実現から始まって、郵政
民営化法案が成立した2005年にかけて、大きな政治の変
化が起きたと論じます。
第一に、政党の間で競争が行われる枠組みが定まった。
第二に、首相の地位を獲得・維持する条件が変わった。
第三に、首相が保持する権力が強まった。
第四に、行政機構の姿が一変した。
第五に、参議院議員が保持する影響力が増した。
こう指摘されてどう思いますか?
「見た目」はそういえるかもしれないが、中味を考えれば
そうはいえないよ、というものばかりです。
第三の、首相の保持する権力が強まった、という評価で
すが、これは政治学者らしからぬ誤りです。権力を論じる
時注意しなければならないのは、誰が誰に対して行使す
る権力なのかをはっきりとさせておかなければ誤るので
す。首相が国民に対して行使する権力が強くなったとは
わたくしには考えられません。小泉が「権力者として強そ
うに見える」のは単に人気があって支持率が高いからで
あって、小泉は小心で卑怯な人間を続けています。
小泉が自民党に対して権力が強くなった、ということは
いえるでしょう。これは、相対的な関係で、自民党の派
閥の力が弱くなったから、総理・総裁の力が強くなった
というほうが正しいでしょう。小泉が力を失うと、結局、派
閥の論理に回帰していきました。
では、派閥の力が弱まり、首相の支配力が強くなった
理由は何か。この問題は政党交付金に収斂していきま
す。小選挙区制と政党交付金の二本柱が政治改革の
実質を担っています。首相派閥は、公認権と政党交付
金の配分権を握っています。だから、総裁派閥が強くな
るのは当然です。
この公認権と小泉個人の人気を合わせたのが、小泉
政治の力の源泉です。自民党にとってこれはプラス要
因ですが、権力が集中することが、組織の硬直化、自
浄力の喪失、権力は腐敗する、絶対的権力は絶対に
腐敗する、この公理を否定した「絶対的権力」はありま
せん。小泉は、高い支持率を、虚像であるという陰の部
分を見ないで、人気が即実力だと錯覚したのです。
いま、小泉はおのれの愚かさと対峙しているでしょう。
小泉が愚かであることの最大の理由は、責任の転嫁
にあります。
●自民党・公明党は自分たちの罪から
絶対に逃れられない
なぜかというと、事件は汚物処理だからです。
自民・公明が垂れ流した汚物がそのままに放置されてい
ます。アナログ世界の汚物なら、醗酵し、分解し、乾燥して
自然と土壌に還るのですが、人間の頭脳の世界で起こった
事件は、汚物を処理しない限り、永遠に汚物であり続けま
す。異臭を放ち、蛆が湧き、二次汚染、三次汚染を招きま
す。汚物には“最高裁犯罪ウイルス”という汚染物質があり
裁判官は全員この汚染ウイルスのキャリアになっています。
自民・公明は「これは汚物ではない」ことを国民に説明で
きるのか、あるいは「この汚物を排泄したのは自分たちで
はない」ことを説明できるのか、責任を逃れるためには、こ
の釈明にかかっていますが、これは不可能でしょう。
潔く、国民に「ご迷惑をおかけました」と謝罪して、汚物放
置の罪の裁きに服すしか道はないのです。
裁判という「共同幻想」の世界の汚物ですから、無色無臭
であり、身近にいるものには、かえって、汚物放置の実害を
感覚で捉えることはできないのですが、遠くからだと、外国
のひとにはすぐに気付きます。だから、この汚物放置は「国
辱」-国の恥-なのです。
共同幻想である“国家のルール”を犯している国は、まず
外国からバカにされます。わたくしは国家主義者ではありま
せんが、自分が生活している場所が汚物に溢れ、その汚物
を排泄した元凶が処理しようともしないのを見れば腹が立
ち、愛国主義者になりますね。
共同幻想を共有するには、最低の清潔感はエチケットとし
て持たなければなりませんね。
小泉純一郎という俗物頭領は、汚物の異臭を避けるため
に“クラシック音楽という高尚で優雅な世界”に逃亡している
ようですが、自分自身の身体から異臭を発しているのです
から、全然、逃避の効果はありませんね。マスターべーショ
ンにもなりません。トイレの中でモーツアルトを聴くのは、モ
ーツアルトに失礼ではありませんか? モーツアルトは、聴
くべき空間でこそ聴くべきなのです。
自民・公明の紳士、淑女のみなさんは如何ですか?
●悪い奴ほどよく眠る
-裁判員法を全会一致で成立させた奴
-安倍晋三を錯乱に追い込んだ奴
-邪魔者になった矢口洪一に引導を渡した奴
-山口繁事件を隠蔽し続けている奴
●最高裁犯罪の被害は公害と同じ
-「やり直し裁判」で 腐りきった司法に復讐しよう
山口繁事件は裁判官の二大事務である「裁判事務」と「司法
行政事務」のうち、司法行政事務に属する業務に関連した犯
罪です。ある特定の裁判に関連して、例えば最高裁裁判官の
収賄が行われて不正な判決が下された、というような汚職は
その裁判に関してだけに生じたスキャンダルであり、その裁判
とその裁判の当事者の範囲内で犯罪被害が波及します。
しかし、司法行政事務に関する不正は、ある裁判に限定され
ずに、その裁判官の行った裁判全体に被害は波及します。
不正を行った裁判官が下級裁判所の裁判官(高裁・地裁)で
あれば他の裁判官への波及はないと考えられますが、この裁
判官が最高裁判所の裁判官である場合は根本的に汚職の性
格は変わってきます。
その理由は、最高裁判所は他の裁判所の裁判官の任命権
をもっているからです。
裁判所法第四○条は「高等裁判所長官、判事、判事補及び
簡易裁判所判事は、最高裁判所の指名した者の名簿によっ
て、内閣でこれを任命する。」と規定されています。任命の形
式上は内閣にありますが、実質は最高裁判所が指名して任
命者が決められるのです。
この、すべての下級裁判所裁判官を任命する最高裁判所が
犯罪者集団である、と考えれば、全ての裁判官が「犯罪に汚
染された裁判官である」(犯罪というウイルスのキャリアである
ということ)になります。最高裁判所裁判官を汚染源とする犯
罪汚染公害、と考えられるのです。
下級裁判所裁判官のうち、最高裁犯罪に主体的・積極的に
加担すれば共犯になりますが、そうでない裁判官はウイルス
のキャリアである段階にとどまっているといえます。
しかし、食品公害の比喩で見れば、ウイルスのキャリアの疑
いがある個体も安全確保のために処分します。
1986年1月1日以降、全ての裁判所で行われた全ての裁判
は当事者が請求すれば「やり直し」しなければならない、とい
う措置は当然のことでしょう。
食品の場合は「強制処分」されますが、裁判の場合は「伝
染性」はないと考えられますから、「強制やり直し」ではなく、
裁判当事者の請求がなされた案件だけやり直せばいいでし
ょう。しかし、食品公害は「一過性」ですが、「最高裁犯罪公
害」はそれではすみません。水俣病などの公害と同じで完
全救済が実現して事件が終結したというまでには、長い年
月がかかるでしょう。
1986年までさかのぼるとやり直し対象の事件は「時効」で
はないのか、という疑問が出てきます。時効は成立しませ
ん。やり直しを請求する理由はまだ生起していません。こ
れから理由が生起します。(必ず!)
やり直しの理由は、被告あるいは被告人や原告側から
生起したのではなく、裁判官から生起したのですから、裁
判当事者は大威張り(?)で請求していいわけです。です
からやり直し裁判は必然的に、裁判当事者の司法への
「復讐」となるのは必定です。
国に費用を負担させて、大いに復讐しましょう。
●外国から相手にされない国になってしまった
-司法の犯罪の最大の被害は拉致問題である
山口繁事件の最大の特徴は「観念上の犯罪である」という
点にあります。加害も被害も観念上のことであり、アナログな
実害がないのです。最高裁判事や長官職に、山口繁の対抗
馬がいて、山口繁がこの相手を蹴落として最高裁判事や最
高裁長官のイスを奪取したのなら、実害が発生し、この争奪
戦は国民の前でオープンに演じられますから、山口繁の詐称
はその時点で明らかになります。
ジグソーパズルでいうと、台紙にあらかじめ「山口繁ピース」
のスペースが空いていて、山口繁ピースはその空に当て嵌
めればいいだけになっていたのです。
だから、山口繁事件は刑法77条の内乱の罪を適用して裁く
ことになりますが、この事件は流血も騒乱もなく、まったく静
かな、国民誰もが気が付かないうちに終了していたのです。
ですから、観念上の犯罪と限定すれば「完全犯罪」として成
就したのです。しかし、司法スキャンダルは「国事」であること
が、もう一つの特徴となっています。
国内の一国的視線でこの犯罪を見るということは、手鏡で
自分を見るようなものです。顔の一部は見えても、全身の姿
形を見ることができません。検察の機能が正常に働いてい
れば、公訴によって全身が描き出されるでしょう。いま、検
察にはブタしかいませんから、ブタでは「国事犯罪」を明らか
にすることはできません。
そこで、日本国の全身を映し出すのが外交になります。
2003年から、日本の外交をトレースしていくと、「外交以外
の何かがある」ことに気付くはずです。
安倍晋三が首相なる少し前に、六カ国協議のテーマから
拉致問題を外す、というアメリカ、中国、韓国などの意向が
伝えられ、日本もたいした抵抗もせずに受け入れました。
そのときの官房長官・安倍晋三のコメントは「全員一致が
大切だから」という中学生の生徒会並みのものでした。
最高裁長官が学歴を詐称している「偽者」で、政府がそ
の隠蔽に必死になっている、こういう情報が外国に伝わっ
たらどうでしょうか。特に、利害が鋭く対立している北朝鮮
がこの情報を取得したら、まさに鴨ネギではないでしょう
か。外交の儀礼として、「日本の最高裁長官は偽者なん
ですか?」と面と向かっていう国はないでしょうが、腹の底
では「越後屋、お主もワルよのう」、とぺロリと舌を出して、
グフッ、グフッと忍び笑いをしているでしょう。
拉致問題がなぜ姿を消したのか? 北朝鮮に誠意がな
いからでしょうか? 外交問題を相手国の誠意に帰着さ
せるのはバカです。
雨後の筍のようにワンサカと生えてきた「拉致問題評論
家」たちは何処にいってしまったのでしょう。拉致被害家
族のひとたちが、アメリカを訪れて訴える、日本の政府は
北朝鮮に「足元を見られた」真の理由を明らかにすること
なく、保身に汲々としている。日本がだらしなくなったのは
司法スキャンダルにその原因があるのです。
●断末魔の島田最高裁判所!
福田内閣も島田最高裁も もはや死に体である
2003年10月28日に総選挙が告示され、同時に最高裁判所
裁判官の国民審査の告示も行われました。この時、最高裁
判所では判事たちの辞任の動きがあったことは明らかです。
長官の町田顯は、山口繁事件を公表しなければならない、
と決意を固めただろうとわたくしは推測しています。もちろん
最高裁の犯罪が公表され、判事たちが全員辞任するという
事態になれば、総選挙での自民党の敗北は確実です。
ここで、小泉純一郎は「最高裁を丸抱えにしてスキャンダ
ルを隠蔽しよう」という“悪魔の選択”をしました。この日から
最高裁は「当事者能力を失い」、自分では何も決定できない
内閣に丸抱えしてもらっている情けない存在になってしまっ
たのです。
最高裁の側も情けないですね。山口繁事件が「未来永劫
にわたって隠蔽できる」なんて考えたバカはいないでしょう。
だったら、町田顯は「町田最高裁を小泉内閣の手で倒して
新しい最高裁を作り、そのもとで司法改革を進めてください」
と進言すべきだったのです。首相の力で「汚職の最高裁判
事を追放」すれば、小泉は文字通り「聖域なき構造改革」を
コストゼロで実現できたのです。
小泉の側にも、最高裁との「共犯の意識」があったと推測
することは可能です。もし、小泉が「支持率政治」一本槍で
なく、「自民党派閥政治」とのバランスを保つスタンスがあっ
たら、「犯罪最高裁丸抱え」路線は回避されていたかも知
れません。しかし、支持率70%~80%という小泉にとっては
「不可能の文字などない」心境だったのかも知れません。
小泉政治は、芸能界のスターの「人気」と同じで、極端に
肥大した「虚像」に、「実像」が見えなくなってしまった政治と
いっていいのかも知れません。
小泉の卑怯なところは、自分が垂れ流した汚物を自分で
始末しないで、安倍や福田にやらせるところです。司法の
裁きはそれは許さないでしょう。それを知っているから、小
泉の振る舞いは虚勢であり、目も虚ろなのです。
島田最高裁も臨終を迎えようとしています。
