◆6月4日の一目
司法岡目八目/鈴木英夫の日記/2008年6月4日(水)
●判事補制度に関する矢口洪一の虚言
矢口洪一が稀代のイカサマ師であったことを如実に示す例と
して判事補制度に関する発言をあげることができます。
矢口は、判事補制度廃止論者でした。いつからそうなったの
かは調べていませんが、「矢口の司法改革構想」ともいうべき
1996年の毎日新聞インタビューでは廃止論を展開しています。
日弁連を始め多くの弁護士たちは、矢口の判事補制度廃止
論と法曹一元賛成論にすっかり騙されて、矢口洪一は弁護士
の味方ではないか、70年代に弁護士たちと激しく対立し、権力
をもって弾圧した矢口洪一は「悔い改めて、改心したのだ」と
いう評価が広がりました。しかし、これは矢口一流のイカサマ
賭博だったのです。
判事補制度を廃止するには法令を変更したりする必要など
まったくありません。最高裁が司法修習終了生からの判事補
採用をやめればいいことなのです。矢口洪一が判事補制度を
廃止したいのであれば、長官になったときから、判事補の採
用を停止しればいいのです。もちろん、司法修習生からの任
官を停止すれば裁判官の欠員が生じます。それは、弁護士
から任用することになるでしょう。
矢口が長官であった六年間に、連続して司法修習生からの
任官を停止し、弁護士からの任官を行えば、法曹一元はゴチ
ャゴチャ空論を交わしているヒマもなく、現実のものとなってい
るでしょう。裁判所法は法曹一元を予想しています。運用次
第で、法曹一元にもなれば、最高裁事務総局支配にもなりま
す。司法修習生からの任官と、弁護士からの任官は排他的
な選択肢ではありません。
わたくしが理解できないのは、日弁連が法曹一元を要求す
る相手は最高裁であり、司法制度改革などではないのに、最
高裁にまったく迫らない態度です。
問題は隠されたところに存在しています。判事補制度を廃
止して弁護士任官を推進するということは、最高裁事務総局
の司法支配体制が崩壊するということです。例えば、裁判官
の10%が弁護士任官になれば、最高裁事務総局の支配力
は雪崩のように崩れてしまうでしょう。
法曹一元とは、弁護士が司法を掌握することを意味します。
わたくしはそれは正しいことだと確信しています。法曹一元が
支配しているアメリカ、イギリスでは、弁護士から裁判官にな
る年齢は47~52歳くらいといわれています。結婚し、こどもを
設け、という人生の大きな変化を経験した法曹が裁判官にな
るのです。日本と同じキャリア裁判官の制度を採っているドイ
ツについては別途検討します。
矢口洪一は、自分が判事補制度を廃止できる長官職にあ
るときは、廃止論はまったく口にしませんでした。そして、山
口繁の学歴詐称や、裁判員制度の導入などの犯罪計画を
つめるときになって、まるで判事補制度が諸悪の根源である
かのようにこのシステムに罵声を浴びせ、自分は正義の味
方を演じたのです。
矢口の発言は、場当たりでその場限りのものではありませ
ん。すべて計算された、矢口の計画に沿った“布石”として発
言しているのです。これは、“裁判をやらない裁判官”として、
もっぱら司法行政に携わり、しかも最高裁長官の代理・代
行として、司法界で国会で最も多く答弁した、という矢口洪一
が身に付けた習性とでもいうべきものでしょう。矢口洪一は
立法・司法・行政の隙間から生れた“魔物”なのです。その
矢口洪一は自分が吐いた虚言がブーメランのように回帰し
で、自ら生命を絶たねばならなくなったのです。あな恐ろし。
●矢口長官によって最高裁の性格は変わった
●その2 矢口洪一は「司法天皇」になってしまった
1988年、矢口洪一長官は最高裁事務総局に陪審制・参審
制の調査・研究を指示しました。続いて、88年~89年にかけ
て、同じテーマを持たせて、東京地裁の三人の判事をアメリ
カとイギリスに派遣しました。これは、最高裁長官として当然
のことを行ったように見えますが、とんでもない越権行為なの
です。陪審制・参審制の調査・研究は最高裁に与えられてい
る司法権(裁判権+司法行政権)には属しません。この研究
は司法制度の改革につながる作業ですから、まず行政の権
限に属し、立法措置が必要な変更・改革になれば国会の権
限となります。最高裁判所は立法府である国会で立法され
た法律に基づいて裁判を行うのです。裁判所は裁判を行うこ
と、そのために必要な司法行政を行う、この権限しか憲法で
与えられていないのです。
最高裁長官の指示で、最高裁事務総局が調査・研究した
り、裁判官を派遣したりする権限など誰にも与えられていま
せん。佐藤内閣のとき「臨時司法制度調査会」が設置され、
小渕内閣のとき「司法制度改革審議会」がせっちされました。
「臨司」のときは、意見書が提出されただけで実際の改革に
手をつけることはありませんでしたが、司法審のときは、裁
判員制度の導入や、法科大学院など実際の施策が行われ
ようとしています。
臨司も司法審も内閣が組織した機関です。
では、矢口洪一が行った調査・研究は何だったのでしょう
か? 無駄な行為だったのでしょうか。矢口のような悪党が
無駄で無意味なことを行うはずはありません。ちゃんとした
目的があったのです。やがて来る司法改革を、最高裁の司
法支配に都合よく“ねじ曲げる”ための陽動作戦だったので
す。矢口謀略の目的は三つあります。ひとつは、戦前の陪
審休止法を闇に葬ること。ふたつには裁判所法を黙殺する
こと。みっつには、陪審制と参審制の原理的違いを有耶無
耶にして正体不明の裁判員制度というイカサマを押し出す
こと。矢口は、この謀略を偽装するために、「裁判への国
民参加」というキャッチフレーズで包みました。しかし、司法
審が設置された1999年から今日まで、政府の代表や最高
裁の代表が、裁判への国民参加の必要性を、直接、国民
に訴えることは一回もありませんでした。
裁判官や弁護士や法律学者が国民に訴えることもありま
せんでした。陪審制復活に燃えた弁護士や法律学者が少
数いましたが、裁判員制度という具体的な制度の正体が明
らかになるにつれて、逃げ出してしまいました。
矢口洪一の誤算は、山口繁学歴詐称事件もありますが、
最大の誤算はみんなからソッポを向かれたことでしょう。
正しい目的は、不純な手段も清めてくれる、というのはウ
ソです。目的が正しくないから、不純な手段を使うのです。
目的が正しいなら、必ず動員される手段も清く正しいはず
です。
矢口洪一が最高裁長官になったことで、司法の腐蝕が
決定的になりました。矢口は中曽根康弘に取り入り、司
法を政府の下僕にしてしまったのです。(続く)
●最高裁にも “内ゲバ”の歴史がある
●その1 堀籠幸男はなぜ長官になれなかったのか?
2006年9月24日、朝日新聞の朝刊は一面で「最高裁長官
堀籠氏固まる」という記事を報道しました。
「10月15日限りで定年を迎える町田顯・最高裁長官(69)の
後任となる第16代長官に、堀籠幸男・最高裁判事を起用す
る人事が固まった。最高裁が内閣に最有力候補として非
公式に推薦した模様で、内閣はこの推薦通り指名すること
が慣例となっている。近く町田長官が官邸を訪れ、首相に
正式に推薦。了承されれば内閣が閣議で指名を正式に決
定し、天皇が任命する。79年以来、8代連続でキャリア裁
判官出身の長官誕生となる。
裁判員制度が09年春までに始まると、刑事裁判は様変
わりする。刑事裁判官出身で、残り任期が4年近くあり、裁
判員制度開始時期をまたいで長官職をこなせる堀籠氏に
白羽の矢が立ったとみられる。 堀籠幸男氏(ほりごめ・ゆ
きお)東大卒、65年司法修習生。東京地裁部総括判事、最
高裁人事局長、同事務総長などを経て、05年5月から最高
裁判事。66歳」
この記事の9日後、10月3日に、今度は朝日新聞は「最高
裁長官に島田仁郎氏に内定」という記事を報道しました。
堀籠幸男の記事を読むと、これはもう内定というよりは確定
といっていい書き方です。朝日新聞の「観測記事」ではなく、
情報源も最高裁であることもはっきりしています。
マスコミ界が正常であれば、朝日新聞は誤報として、袋叩
きにされても仕方のないフライイングです。
島田仁郎と堀籠幸男の違いはなんでしょうか。すぐ指摘で
きることは、堀籠は最高裁事務総長を経験しており、島田
仁郎は最高裁事務総局では刑事局長、司法研修所所長ま
でで、事務総長は経験していません。しかし、この時期の長
官人事に事務総長の経験の有無が問われる、と考えるの
は根拠が薄弱だと思うのです。では、理由は何か?
朝日新聞は、最高裁の広報紙と言っていいほど“最高裁
命”の媒体です。その朝日がガセネタを一面で報じるはず
はありません。
わたくしの推測を述べます。
堀籠から島田に変わったのは、堀籠に対する下級裁判所
裁判官たちのブーイングが激しかったからではないでしょう
か。堀籠は矢口洪一と山口繁の犯罪の共犯者として、あま
りにも薄汚れています。最高裁の犯罪が公然化になったと
きに、犯罪の実行犯の役割を担った最高裁事務総局の総
長が長官になっている、というのは「破廉恥の度合い」がか
なりのものになるでしょう。
下級裁判所の裁判官たちも、最高裁事務総局に対する
反発は根強いものがあります。そして、国民の多数派が裁
判員制度に対して「ノー」と声をあげています。裁判員制度
を導入しようと心から確信している下級裁判所の裁判官は
ゼロです。
矢口洪一の神通力はなくなったのです。神通力を失った
矢口洪一はタダノくたばりぞこないなのです。
堀籠は事務蘇張であったがために、矢口洪一と腐れ縁
で繋がってしまいました。その点、島田仁郎は矢口洪一と
の関係ではイノセントを保っています。下級裁判所の裁判
官を束ねる、という視点で見れば、堀籠幸男と島田仁郎の
差は歴然としています。
高裁長官は矢口派が多数派かもしれませんが、地裁所
長は2007年、08年でほとんど入れ替わってしまいました。
これは、矢口・町田派に対する島田の粛清人事という側
面を見て取ることができます。
しかし、事態はもっと深刻です。裁判所の体制がガタガ
タになっているでしょう。沈没船から、ネズミたちが我先に
逃げ出しているのです。
堀籠長官だったらもっと早い崩壊を、島田長官が若干
そのスピードを抑えているだけです。島田仁郎に崩壊を
止める能力はありません。

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